戻る

夜の水族館

夜の水族館へ入れるチケットを貰った。

町外れの海岸沿いに、その水族館はひっそりと佇んでいた。

霧が出ていてあまり良く見えなかったけど、入口の明かりが漏れていて見つけるのは簡単だった。

入口には色褪せたチラシや、ショーの開演時間などがセロハンテープで貼られている。

残念ながら今日のショーはすべてお休みらしい。

私はガラス製の扉を両手で押し、中に入る。

水槽から流れるサラサラとした水の音が聞こえる。

少しだけクーラーが効いたひんやりとした空気。

エントランスには券売機と、無人ゲートがあった。

そして隅の方に置かれている、おうさまペンギンのようなちょっと変なマスコット。

昔、はしゃぎすぎてパパを困らせたこともあったっけ。

私は手に持っているチケットをかざしてみる。

ゲートが緑色にチカチカと点滅する。

入って良いみたいだ。

私は、三叉のゲートをガラガラと回して水族館の中へ入った。

少し薄暗い廊下を歩いて行くと、少し開けた部屋に出た。

床には白い光の筋がうねうねと波打っている。

まるで砂浜の波のようで、私を誘っているようだった。

少し顔を上げるとそこには目に収まりきらないほどの、透き通った青。

オーロラのように波打つ小魚の群れ。

一閃の流れ星のように、マンタが水槽に腹を見せ水面に向かった。

奥ではのんびりと大きな魚がいくつかの雲を作っている。

ふわりと髪が舞う。

これは、私だけの夜空。

「きれい......」

私は水槽からしばらく目が離せなかった。

まだ、夜の水族館は続いていく。

彗星のように尾を引くクラゲの群れ。

夜空に浮かぶ満月のようなウミガメの腹。

漆黒の隙間に小さく輝くクリオネ。

カツカツと、私の靴の音だけがあたりに響いている。

しばらく歩いていると、いつの間にか売店に来ていた。

少し薄暗くて、蛍光灯の光だけが小さな売店を照らしている。

売店にはイルカのぬいぐるみや、クラゲの形をしたラムネが置いてあった。

私は、海の生き物が入ったスーパーボールのガチャガチャの前に座り込む。

大きな球体に、小さな夜空がたくさん詰まっている。

一つだけ、持って帰ろう。

私はお財布からコインを一枚取り出し、そっと差し込む。

取っ手を優しくひねる。

ガラガラ......ガラガラ......

ころん

何がでたかな。

取り出してみると、ペンギンが入っている青色のスーパーボールが出てきた。

指で優しく握り込むと、少しだけ指が入り込む。

全体的に少し硬めで、よくはねそうだった。

「ふふ、かわいい」

そういえば、好きだったっけ。

私は、ゆっくりと立ち上がり、青い光の波に背を向ける。

「そろそろ帰ろう」

出口と書かれた看板ヘ向かい、重い扉を押して外に出た。

外は、遠くの水平線が薄ら赤く染まっていた。

振り返ると、私がよく知っている水族館。

今はもう、壁には蔦が生えて、塗装も剥がれ落ちてしまっている。

「また、一緒に行こうね」

私の手のひらは、まだ夜空を握っている。